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日々つれづれ 11年12月
テーマ 「 クリスマス・ストーリー 」 |
【11年12月22日 清松みゆき】 |
清松です。
我が子における、サンタを信じてる信じてない調査は、わざわざ取材するまでもなく、目前で行われた会話で明らかに。
「はるるん(♀5歳)のとこ、サンタさん来てくれるかなあ?」
「もちろん! はるるんにはサンタさん来るよ」
「お兄ちゃん(♂14歳)のとこにはこないけどね」
「お姉ちゃん(♀16歳)とお兄ちゃんはもう子供じゃないから」
「でも、お兄ちゃんとお姉ちゃんにはお父さんお母さんからプレゼントが来るんだよ」
……人にはロマン、自分には実利。素晴らしいバランス感覚だな、お前ら。
「だから、プレゼントは、図書カードでもいいよ?」
「こっちがつまらんだろ、それ(笑)」
もうしばらくは、末の娘だけには、サンタの実在を信じさせておこうと心に誓い、「ふわふわのうさぎさん」を、(子供立ち入り禁止の)仕事部屋にこそこそ隠しておく父親なのだった。
ついでに、上の二人が、実際にいつまでサンタを信じていたかについて、こっそり聞いてみたり。
「よく覚えてないけど、小学校中学年ぐらいまでかなあ」
うむ、お姉ちゃんは、実に普通なんだな。
一方、息子君は。
「うーん、親が買ってくる以外に考えられなかったので、信じたことないよ」
……お前は、俺か。
つらつらと自分の敗因を探っていくと、「サンタさんへの手紙」を盗み読んだだけでは、細かいことがわからず、売り場で「そこのブースター全種1袋ずつ」をやったことを思い出す。あれが、コレジャナイになってしまったのかもしれない。当時、それを遊び始めたばかりの彼が、ゲーム性を欲していたのか、コレクション性を欲していたのか、今イチ掴み切れてなかったんだよなあ。
結局は、蛙の子は蛙だったのだろう。何しろ、最近、誕生日プレゼントの一部が、「家族でボードゲームをする権利」になっていたりするのだ。
そして、ここぞとばかりに、俺がためらうほど重いゲームを、キラキラしたまなざしで持ってくるのだな、お前は(笑)。
そんなこんなで、家族でゲームをする機会も増えてきた昨今なのだが……。
僕は「7以外」と言いながら7振って勝ちを逃し、カミさんは「2か12」などとのたまいながら、12振って勝ちをもぎ取る、そんなタイプである。
そうすると、何が起こるか。
子供たちが、サイコロ振る時に「お父さんの子供はイヤだー。お母さんがいいー」などと気合いづけをしていたりするのである。
こうなると売り言葉に買い言葉。悪い目振って悶絶する息子に、「ぬわははは、しょせんお前は俺の息子よ」などと言い放ってしまう。
「血よ。遺伝なのよ」
「お姉ちゃんは違うのかよ」
「違うに決まってるでしょ……(コロ)……イヤー! お父さん、キライー!」
……これからは、もう少し、楽天的なゲーム運びをすることにしようかなあ。
あれこれいろいろと、自分の子供たちを眺めながら、大人にはサンタクロースは来ないけど、サンタ気取りができることは、天より頂いた、何にも優るプレゼントだと思うXマス前のひとときでした。
さて、今年もそろそろ終わりを迎えつつあります。寒い日が続きますが、風邪など召しませぬようお体にお気をつけください。
皆様が、健康によき新年をお迎えくださること、願っております。
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【11年12月14日 杉浦武夫】 |
クリスマスについて思い返してみたものの、さして語るに足るほどの物語など思い当たらず、ふと寂しい心もちになってしまう今日この頃、皆さまいかがお過ごしでしょうか。
クリスマスで喜ぶ人たちと言えば、まだ純真な心を残している子供たちか、若いカップルくらいなものかと思うわけですが、僕はそのどちらにも該当してませんね。
なので12月になったからと言って、さして喜ばしい気分になることもない有様です。
むしろ、グループSNEから帰宅する際に「ああ、ルミナリエで電車ダダ混みやわ」とか思うシーズンですよ。
ちなみに、ルミナリエは数年前からクリスマスイブの前に終了するようになりました。
それ以前ですと、イブからクリスマスにかけての神戸近辺はそりゃもう大変な感じでしたね。
土日にクリスマスがかぶっていた年などは雨が降っていても凄い人だかりで、「ああ、ルミナリエって大変なんやなぁ」と思った記憶があります。
クリスマス特有で物語性のあるイベントと言いますと、「プレゼント交換」とかでしょうか。
むしろ、クリスマス以外に「プレゼント交換した!」みたいな話は、SNE以外ではあまり聞きません。
SNEの場合にはボーリング大会で賞品を持ち寄るため、年に1回はプレゼント交換が行われております。
ボーリング大会は僕が入社したころは初夏くらいに開かれていた気がするのですが、いつのまにやら忘年会と併催されるようになったため、近年はクリスマスのプレゼント交換と時期的にも印象的にもあまり大差はない感じですね。
ちなみにプレゼント交換でありがちな「ネタ系」が増えた時期があったため、景品選定の暗黙のルールに「自分に当たっても気持ちが沈まない物」が設定されております。
遠い記憶をたどっていきますと、僕が初めてプレゼント交換みたいな場に参加したのも、クリスマスでした。
どういう経緯でそうなったのかよく思い出せないのですが、小学生のとき、駅前のテナントに入ってるキリスト教の集会場みたいなところへ1人で行くと、色んな年代の子たちがいまして。
事前にプレゼント用のお菓子を買って行った僕は、そのほとんど初対面の子たちと、プレゼント交換したりゲームしてたりしました。
その場にクラスメイトが1人いたんですが、特にその子のツテでその場へ行った記憶もないので、今となっては本当にナゾの体験です。
当時は小学校の校門前で、妙な本やグッズ的な物が売られていたりしたので、そんな感じで校門前でスカウトされたのかもしれませんね。
今だと考えられないシチュエーションですが、当時は小学生が駅前ビルにフラフラとひとりで入って行っても平気な時代だったんだなぁ……という話。 |
【11年12月13日 加藤ヒロノリ】 |
皆さん! お久しぶりでございます!
SNEの眉なし中年サンタ。加藤ヒロノリです。
テーマは「クリスマス・ストーリー」らしいです。
今月担当4人中3人が既婚者なのに、このテーマは素晴らしい!
きっと、唯一の独身貴族様である僕らの杉浦先生が、スイートな体験を語ってくれることでしょう!
ウチのクリスマス物語ですが、当然のようにムスメウス、ムスコウスのお話になっちゃうわけなんです。
あ、こういうの苦手な方は、ここで終了していただいて大丈夫です。
メリークリスマス! よき聖夜を!
よし。
まだ読み続けてくださっているということは、こういうお話に耐性があるということですね。
では張り切って参りましょう!
ウチのムスコウス(6歳/幼稚園年長)はともかく、ムスメウス(9歳/小学校三年生)は、まだサンタクロースを信じているというロマンチストだったりします。
煙突もないのにどうやって侵入してくるのかとか、なんのためにヤツはプレゼントで子供のご機嫌を取るのかとか、そういうのは一切気にしないようで、とにかく「朝になったらプレゼントを置いていってくれる、赤いオッサン」という認識。
さすがは「こびとづかん」のこびとさんがいると信じ切って疑わないムスメウス。我が娘ながら、すさまじい脳内修正ですね。
自分のときとはえらい違いです。
加藤家のクリスマスといったら、サンタがそりに乗ってやってくるのではなく、隣に住んでいる「ばあちゃんがお小遣いくれる日」というものでありました。
そもそも、トナカイが空を飛ぶわけがないし、サンタクロースというオッサンがあんな赤い衣装でクソ寒い12月にプレゼントをまき散らすのか、理由がちっともわからない。
つまり「サンタがいる」と信じたことがなかったわけです。
そんなさめた子供ではあったんですが、反面、中学生手前まで「かわいい女の子はうんこをしない。するわけがない。ましてやモリモリひねり出すわけがない」と信じていたかったので……まあ、どっこいどっこいですかね!
ムスコウスさんは、ムスメウスさん以上に本気です。
この時期、悪さをした罰として「赤いオッサンにもう来んでもええわって、電話するぞ!」というのがメチャ効果的だったりします。
電話のフリのあとの「ごめんなさーい」とともに、ムスコウスは「ぱぱ、サンタクロースと友達なん?」という尊敬の目差しがちょっぴり心に突き刺さりますが、まあ、これも人生経験ですよね。
これも、自分のときとはえらい違いです。
加藤家における、子供がいうことをきかなかった脅し文句は「そんなんばっかり言うてたら、公園のオッサンがくるで!」というもの……でした(遠くを見る)。
住んでいた場所が場所だけに(みんな大好き西成区)、超★リアル。
実際に公園を根城にしている存在――ホームレスさんがモデルなので、死ぬほど怖かった覚えがあります。
追い打ちの「ほら! 家の前まで来てるわ! ほら! 見てみ!」とか、怖すぎるっすよ、母上様。
ふう……連鎖で色んなほろ苦いグラフィティが脳内でよみがえってきて、セピアトーンな精神状態ですが、加藤は元気です。
うん、モンハンでもしよう。
皆さん、良いクリスマスを!
そしてちょっぴり早いですが、良いお年を! |
【11年12月 5日 北沢慶】 |
○サンタクロースの存在
クリスマスといえば、やはりなんといってもサンタクロース。
……というか、サンタクロースが運んできてくれるプレゼントが毎年楽しみでしかたありませんでした。
なにせプレゼントなるものをもらえるのは、誕生日とクリスマスの、年2回のみ。
一応正月にはお年玉でなにか買うことが許されていたので、それを含めても年3回です。
しかも大きなケーキを食べられるのも、同じタイミング。
本当に、魅惑的なイベントでした。
そして、そのサンタクロースですが、みなさんはいくつぐらいまで存在を信じていましたか?
ネットでつらつらと検索してみたところ、だいたい世間では小学校の低学年を過ぎるころから、高学年にかけて……つまり、小学2年生から6年生の間ぐらいには、おおむねその正体に気づくようです。
ちなみに僕は、いまでもサンタクロースの正体が母親だと気づいてしまったときのことを覚えています。
それは、やっぱり小学2年生のときのこと。
たぶん、1年生のときにはうっすらと感づきつつあったようなのですが、決定的な事実に気づいてしまったのは2年生のクリスマスでした。
当時はすごいガンプラ(ガンダムのプラモデル)ブームで、クリスマス前に母親と一緒に大きめのオモチャ屋さんへ行きました。そして「どれが欲しいか言ってごらん。サンタさんにお願いしておくから」と聞かれたわけです。
そこでお願いしたのは、当時発売されたばかりだった1/60シャア専用ザク!(調べてみたら、バッチリ12月発売だった)
まだお小遣いももらっておらず、しかも当時2000円もする、ドデカい箱に入った真っ赤なプラモは、それはもうサンタさんぐらいしか運んできてくれそうにない代物に見えたのです。
そう言えば、サンタさんも赤いな(笑)。
あとはサンタさんがクリスマスにシャア戦用ザクを運んできてくれるのを待つのみ。
それはもう、ワクワクしながらお店をあとにしたものです。
が、しかし。
さすがは当時最大スケールの1/60モデル。とにかく箱がデカイ!
なので……うっかり当時の僕は、母親の運転する車の後部座席を見てしまい、そこに丁寧に梱包されたそれっぽい箱状のものを見つけてしまったのです。
母親も工夫してカモフラージュしようとしていたらしく、最初に気づいたときは「まさかね……?」という疑惑が湧いた程度でした。
しかしよくよく考えると、その日の買い物の母親はどうにも挙動不審で、8歳の僕を置き去りにしてどこかへ買い物にいっていたり、車の乗り降りの際にも不自然な動きがあったりと、疑念は増していくばかり(笑)。
当時の僕はいろいろと思い悩んだ挙げ句、結局母親に「ひょっとしてサンタさんって……」と聞いてしまいました。
そのときの母親の、「とうとうばれたか」という表情はなんとなく覚えています。そしてその上で、クリスマスの夜にそっと枕元に置いてくれるようお願いした(相談して決めたのかもしれません)のもなんとなく記憶にあります。
こうして僕の元に、サンタさんは推定7.5回ぐらいでこなくなってしまいました。
サンタさんがいないことに気づくのには、これは早いほうなのか、それともそんなものなのか。
でも毎年こっそりと母親がプレゼントを枕元に置いていてくれたのかと思うと、しらける気持ちなんてまるでなく、妙に嬉しい気持ちになったものです(ちなみに、父親はまったくこの手の家庭内イベントには参加しない生粋のサラリーマン戦士でした)。
そして気づけば、僕も息子や娘の枕元にプレゼントを置く側になってしまいました。
上の子は3歳になったばかり。
まだサンタクロースなるものが存在することも曖昧にしか認識していないようですが、なにか喜ぶプレゼントを考えたいと思っています。
そしていつサンタクロースの正体に気づくのかなぁと考えると……怖いような興味深いような、不思議な気分ですね。
可能な限りバレないよう工夫をして、1回でも多く、子供たちにサンタクロースがやってくるようがんばりたいと思います。
さて、今年のプレゼントはなににしようかなぁ。
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