秋口: |
まずはお互い相手の作品のどこに魅力を感じたか、という話から始めようか。 |
河野: |
そうですね。秋口さんの『いつか』ですけど、これは設定や構造も面白いのですが、やはり一番の魅力は主人公・隼人のキャラクター性ですね。あれだけ自身が悪であることを受け入れられる主人公は、ライトノベルではめずらしいのでは? |
秋口: |
たしかに悪党を主人公にした作品はあるけど、最後の部分ではモラルを保ってるキャラクターが多いからね。社会のルールは無視するけど女子供は殺さない、みたいな。 |
河野: |
でも、隼人は違いますよね。人を殺したりはしませんけど、これは正義感とかじゃなくて、「人殺しは重くて気持ちよくない」と思っているから。 |
秋口: |
ぜんぶ自分のため(笑)。 |
河野: |
しかも彼はとても冷静じゃないですか。極端に狂気じみているわけじゃない。きちんと「自分が悪いことをしている」ということを知ってる。 |
秋口: |
たしかに、そこは書くとき意識した部分ではあるね。物語の魅力の一つに、現実世界では体験できないことを疑似体験できる、という部分があると思うんだよ。それは作品によって英雄体験であったりハーレム体験であったりするわけだけど。今回の『いつか』では「自分を悪と認識した上で、それでも目的のために生き方を貫く」という体験を実現できたかな、とは思ってる。 |
河野: |
「自分は正しいことをしているんだ」という感覚に守られていないのは怖いことだと思うし、それでも行動できるのはとても強いからだと思います。だから私は、隼人にかなり好感を持っています。 |
秋口: |
読んだ人には必ず「共感はできないけどな!」って言われるけど(笑)。
――では、続いて『サクラダ2』の話をしていこうか。『サクラダリセット』シリーズの魅力は、やっぱり文体から出てくる独特の雰囲気だと思うなぁ。 |
河野: |
なるたけそこが面白くなるよう、努力しています。雰囲気のいい文章、というのが、読んでいて心地のいい小説だと信じています。 |
秋口: |
村上春樹さんが好きだって言ってたけど、確かにそういう文章だと思う。最初に読んだとき、村上春樹さんの文体でライトノベルを書けばこういう作品ができるんだな、と感心した。 |
河野: |
あとは秋田禎信さんや乙一さん、西尾維新さんからも影響を受けていると思います。他にも色々。村上春樹さんと秋田禎信さんは、たぶん、海外の小説の影響を受けていて、それをとても情緒的に日本の文章に応用していると思うんです。とても論理的なのに、同時に感傷的な文章でもある。 |
秋口: |
そうだね。あとは、「リセット」という能力を使った時の爽快感。時間が巻き戻る感じ。あれも僕は好きだな。とても映像的だった。 |
(偶然、通りかかった)
友野詳: |
うん。オレもそう思う。大林宣彦監督の映画っぽい。『サクラダ2』を読んでて、大林監督、映像にしてくれんかなぁと思ったもん(笑)。 |
秋口: |
でしょ? 『時をかける少女』的な。あとはアニメ版『時をかける少女』の細田守監督。どっちかで映像化してほしいなぁ。 |
河野: |
いつか映像化されるよう、頑張ります(笑)。 |
秋口: |
次に、お互いの作品のコンセプトについて話そうか。『サクラダ2』は、歳をとった二人の恋愛だっけ? |
河野: |
それはコンセプトというよりも、プロットを作った時のきっかけですね。最近、あらゆることのスケールを変えてみよう、という試みが自分の中でありまして。今回で言えば王道的な「幼なじみとの恋愛」のスケールをより大きく、長くしたくて、六十歳の男女が三十年くらい強制的に隔離されているのに、まだ互いを愛し合っている、というストーリーを取り込んでみました。 |
秋口: |
じゃあコンセプトは? |
河野: |
とても基本的なことですが、一本の物語にしよう、ということです。前作は、主人公が色々な人に会い、その人たちの悩みに触れていく構造でした。いくつかの短編に少しずつ関係性を持たせて一本の物語っぽくみせる、という作り方です。一方『サクラダ2』では、一つの大きな物語を、何人かのキャラクターの視点から見る構造になっています。だから、作り方は真逆ですね。 |
秋口: |
確かに、一巻よりも物語に連続性があるよね。 |
河野: |
あとは主人公とヒロインの感情を、もう少しだけ踏み込んで書いてみよう、ということと。 |
秋口: |
それは、一巻を読んでいる方はより楽しく『サクラダ2』を読める、ということ? |
河野: |
そうなりますね。キャラクター心理の部分もですが、もっと物理的に、一巻ですでに説明している能力については、二巻では最低限の説明しかしていなかったりするので。ぜひ一巻からお読みいただいた方が良いかと思います(笑)。
――『いつか』のコンセプトは? |
秋口: |
「異世界への召喚」や「現代異能力バトル」を現実的に、映像で言うとアニメではなく実写のイメージで書いてみよう、というのはあったかな。本当に異世界へ召喚されてしまった場合、人はどう感じるのか? どんなリアクションを取るのか? そこにはどんな光景が広がっているのか? ――そういった部分を自分なりに突きつめてみた。 |
河野: |
主人公たちが異世界人の外見について本気で議論を交わしていたりしますよね。「なぜ異世界人なのに現代人とそっくりなのか」「もしかしたらこの世界は、オレたちの世界の遥か未来なのかもしれない」「ならどこかで大きな文明の断絶が……」みたいな。 |
秋口: |
そうだね。あとは家族との関係性なんかも現実寄りにしてみたかな。 |
河野: |
ライトノベル的なキャラクターをライトノベル的ではないキャラクター造形で、ということですね。 |
秋口: |
そう。前に君も同じようなこと言ってたよね。 |
河野: |
はい。『サクラダリセット』シリーズのキャラクターは、まずライトノベル的な、とても記号的な要素から考えて、それをぼかしてある程度わかりにくくする方法で作っていることが多いです。そう言う意味では、『いつか』と『サクラダリセット』シリーズは、わりと似てるのかもしれません。 |
秋口: |
読んだ印象はまったく違うけどね(笑)。 |
秋口: |
ストーリー構造の話を少ししようか。『サクラダ2』は、非常に複雑な時間SFをやろうとしてるよね。 |
河野: |
ええ、気がついたらわりと大変なことになっていました。時間を巻き戻すリセットがあり、未来視能力があり、過去のある一点のみを再現できる能力があり……。 |
秋口: |
未来視能力がなければ未来を変えられないけれど、能力で再現された過去に「未来視能力者の複製」が生まれたことで、知らないところで未来が変わっていたり。そこにリセットと主人公の記憶保持能力がからんで、各キャラクターが持つ情報に差が生まれたり。 |
河野: |
あとは、能力とは関係ない部分で、キャラクターたちが戯れに過去を回想してみたりしますからね。タイムテーブルはわりとぐちゃぐちゃです。リセットして二回目の八月○日の海岸で三十年前の世界を再現し、そこにいるキャラクターが未来視で三十年後について語るとき、主人公は二年前に死んだ少女について考えている……みたいなことが、平気で起きます(笑)。 |
秋口: |
よくそんなややこしい話を作ったよな(笑)。 |
河野: |
脳内で考えるだけなら、そう大変でもないんですけどね。そのややこしい状況を必ずしも正確に理解しなくても読めるように、できるだけ努力して書きました。 |
秋口: |
できてると思うよ。作品の魅力の時に言ったけど、文体の雰囲気が心地いいから、設定を理解してなくても十分に楽しめる。 |
河野: |
そう言っていただけると、ありがたいです。『いつか』も、時系列の入れ替えが面白いですよね。現在の、現実での主人公たちの行動と、過去の、異世界にいた頃の回想シーンが交互に入ってて。 |
秋口: |
もともとそういう作品が好きなんだよ。トマス・H・クックの『緋色の記憶』とか。時系列を入れ替えることで、本来ならば一本道の物語がミステリ的な要素を持つようになる、という。 |
河野: |
作品冒頭のシーンで描かれる状況や心理の意味が、作品最後の回想シーンまで読むことでようやく正確にわかる、という形ですよね。それ自体も魅力ですし、この書き方のおかげで「現実の世界で魔法を使う」ということがとても理解しやすくなっていました。 |
秋口: |
というのは? |
河野: |
『いつか』はまず、現実のシーンから始まりますよね。ここにまだ魔法はない。次に回想で、異世界に行って魔法に出会う。魔法がある世界で魔法を使うから、とても自然に納得できる。それから、現実に魔法が持ち込まれる。そういう段階を踏んでいるから、現実に魔法という要素が重なるのが、とても自然なんだと思います。 |
秋口: |
それは自分でも意識してなかったなぁ。なるほど! |