アルノーより 　親愛なるレトへ 　故郷の都市国家で待つ弟へ。 　そちらは元気にしているだろうか。兄さんは元気にしている。故郷を離れた旅生活にもだいぶ慣れたよ。最近はよく新曲のフレーズやメロディーが思い浮かんでくる。 　ランスブルグに着いて早くも10日が経った。 　俺は、じっくりとランスブルグの文化、風土を楽しんだよ。最下層の“石壁の街”には、古い建造物も多く残っていると聞いたから、それも見に行った。星霊スピカの力も弱まったほの暗い石の町並みは寂しくもとても味があったよ。 　しかし、困ったことに路銀が乏しくなってきたんだ。そこで、先日の手紙で紹介したスカーフの御仁（今は紐ネクタイに凝っている）に相談したところ、仕事を紹介してくれたんだ。宿で売れ残りのパンをわけてもらっていた身としては、すぐに飛びついたよ。 　その仕事は第二階層・鉄壁街にある、芝居小屋の清掃係だった。初めて訪れた鉄壁街は、最下層と違って綺麗な石造りの家がとても多い。壁や屋根の色もとても鮮やかで、最初は目を回してしまいそうになったよ。 　俺が働いているのは、その街で赤と黄色の旗を立てた小さな芝居小屋だ。かなり古くて壁もはげているが、立派な緞帳と舞台がある。客は50人くらいが入る広さだ。でも、聞けばこのあたりじゃこの程度の芝居小屋はいくらでもあるらしい。使う劇団も小さくて無名のところばかりだそうだ。 　それでもこの芝居小屋で、毎晩必ず誰かが舞台を踏んで、拍手をもらってる。ランスブルグの人たちは芸術家が多い。そして、とても芝居好きらしい。 　俺もいつかこうした舞台に立って、拍手をもらえる音楽家になりたい。そう思って、とある劇団の座長に話したら、今度歌を聞いてくれることになった。 　今は閉館後の真夜中にこっそり舞台に立って、箒を持って歌ってるだけだが、今度は観客の前で歌えるかもしれない。 　もしそうなったら、お前にも見にきてほしい。 　それじゃあ今回はこのあたりで。また、手紙を書きます。 　アルノー