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日々つれづれ 11年07月
テーマ 「 星座 」

【11年08月01日 杉浦武夫】

星座がお題ということで、自分の星座について……と書きだそうとする前に思い出しました。
 僕、過去のエッセイで自分の十二星座占い
牡牛座をネタにしすぎです。
 牡牛座で丑年の生まれなので、丑年のときにネタにしたのを筆頭に、すでに3回くらい牡牛座うんぬんについて書いているんじゃないでしょうか。
 より正確に言えば、
『聖闘士 聖矢』の黄金聖闘士・タウラスのアルデバランについてのネタを多発していた覚えがあるのです。
 後先考えずにウカツなネタを乱用すると、あとで話題に困るという代表例と言えるでしょう。
 なので残念ながら、今回はアルデバランについて自主規制することにいたします。

 牡牛座でもう少し引っ張るとなりますと、十二星座占い血液型占いとを組み合わせた、
ガンダム占いというのがSNE内で流行っていた時期がありました……なんか、これについても書いたことがあるような気もしますが、気にせず進めます。
 ちなみに僕は「牡牛座+AB型」なので、
RX78-1:プロトタイプガンダムでした。
“ガンダム”とついているので強そうなイメージがありますが、「もしかすると高性能だったかもしれないが、実戦投入前に壊された。ろくにパイロットも搭乗してないので、ニュータイプ補正もない」という、ロクでもない内容だった記憶があります。
始まる前に、壊れてるという内容は、占い結果としていかがなものでしょうか。

「始まる前に、壊れてる」に近い響きといえば、
北斗の拳ケンシロウの名台詞お前はもう、死んでいるですね。
『北斗の拳』と言えば
北斗七星
 僕は小学生の頃に「お前には死兆星が見えるか?」的なやりとりを友達とした世代ですが、小学生に「目にした者は、じきに死ぬ」という死兆星が見えたら大事です。

 北斗七星は
オリオン座とならび、子供のころから実際に夜空を見て認識できた、数少ない星座のひとつでした。
 僕は奈良の盆地で育ったんですけれども、実家周辺は当時田んぼも多かったにもかかわらず、夜空の星々はあまり見えませんでした。
 幼児のころに「天の川って何?」と親に聞いた覚えがあるくらい、星が見えなかったのです。
 結局は小学生になって、人里離れた山の中にあるキャンプ場に連れて行ってもらって初めて、天の川がいかなるものか認識しました。
 こんだけ綺麗な夜空を眺めていれば、神話に当てはめて色々と思いをはせるよなぁー……と納得することしきりでした。

 大阪で住んでいる今となっては、ぱっと見でみつかるのは
北極星くらい。
 深夜ですら、北斗七星やオリオン座を探すのが大変です。
 また、キャンプ場とかで夜空を眺めたいもんです。


【11年07月13日 河端ジュン一】

「正座」「SAY! THE~」といった冗談めいたノリで書こうかしら、と考えていたところ、ボスからせいざはせいざでも星の方の星座や!と念押しされてしまいましたので、真面目にについて書かせていただこうと思います。


 大学時代のことです。
 星の綺麗な夏の夜、私は友人たちと、ファミリーレストランで夏休みの課題レポートに取り組んでいました。
 と言っても課題のための集中力がそう何時間も持つわけもなく、やがて誰ともなく、他愛もない世間話を始めました。内容は確か、「日曜朝の特撮モノで一番好きだったのは何か」とか、「コアラのマーチにはサングラスをかけたレアコアラが紛れ込んでいるとの噂だが本当か」とか、わりとどうでもいいものだったと思います。
 そんな折り、友人の一人(仮にA君としましょう)がふと漏らします。

「なあ、みんな」
「ん?」
どうして、星はあんなに美しいんだろうな……

 見ると、彼は肩肘をテーブルについて、物憂げに窓の外の夜空を眺めています。
 え? と、みんなが思いました。

(ど、どういうこと?)

 私たちは突然のことに顔を見合わせます。

(こいつ、何でいきなりナーバスモード入ってるんだ?)
(さあ?)
(ていうか、今までにそんな流れあったっけ?)
(いや、ないない)
(謎すぎる!)

 オロオロ。オロオロ。普段は明るいムードメーカー=A君の急変に私たちは戸惑います。
 今思えば、きっと夏の夜の魔法が、彼を詩人に変えてしまっていたのでしょう。夏にはそういうパワーがあります。とくに課題で脳味噌が沸騰してしまった猛暑日などには。
 困った私たちはとりあえず、

そんなキザな台詞、クリームソーダをチューチューすすりながら言われてもなあ……

 と、内心では思いつつ、どういうわけかしんみりしてしまったA君の気持ちを明るくするために、彼が納得してくれそうな
星が美しい理由を探し始めました。
 思えば、星についてなんて真面目に考えたこともありません。私たちは各々、できるだけ幸せな(キザな)答えを思いつこうと必死に努めました。それこそが、A君を納得させるための唯一の手段だと、なんとなく感じて取っていたのです。
 まず私が人差し指をたてます。

「たぶん、星ってのは親みたいなものなんだ。いつだって優しく見守ってくれている。親の愛は美しいものだろ? だから星は美しい」

 するとB君が異議を唱えます。

「それを言うなら、恋人同士が同じ空を見上げるからだろう。会えない二人の涙が、星となって空に輝いているのさ」

 C君は違う角度から。

「えーと、たぶん神様がビリヤードに目覚めて、だから星を球に――」
「それはない」


 一方、A君は、まだぼうっと夜空を眺めていて、私たちの会話が聞こえているのかどうかもわかりません。
 そのうち、ある程度意見が出尽くしますが。
 A君は、まだぼうっと夜空を見ています。
 さすがに私たちもイライラが募ってきて、ついに痺れを切らしたB君が、グラスをカシャン、と机に置きます。
 それから、こうまとめます。

……あのさ、結局、こんな問題に答えなんてないんじゃねえか?

(うわっ!?)

 私とC君は戦慄します。

(それを言っちゃおしまいだろ!!)

 誰もが言いたいけれど黙っていたことです。
 ただ、この話を聞いていたA君は突然、ふい、と振り向き、そして優しい笑みを浮かべます。

……だよな

(嘘お!?)

 こんな結論でいいの!? と私とC君、それに言い出したB君までもが思いましたが、A君は納得しているようなので、まあ、いいのでしょう。答えなんてないのです。
 まもなく、テーブルにやって来た店員さんに閉店時刻を告げられ、私たちは軽く謝罪したのち、そそくさとお店を出ます。


 およそ二時間半だったと記憶しています。
 二時間半、私たちは、ただただ星の美しさについて議論したのです。
 結果がどうであったにしろ、二十歳を越えた若者が、二時間半もの間、星について真剣に語り合えるなんて、なかなか経験できることではありません。素晴らしいことです。
メルヘンという言葉はこのとき生まれました。
 私は疲弊しながらも、爽やかな気持ちでみんなに語りかけます。

「……まあ、なんだかんだで素敵な夜だったよな」

 B君とC君は同時に振り向きます。
 彼らは菩薩のような微笑みを讃えて、言いました。

二度は止めような

 ……

 うん。

 結局、課題は終わりませんでした。
 私たちは重い鞄を抱え、とぼとぼと帰路についたのでした。

 ――ちなみに。
 この一件で
スターというあだ名を戴いたA君は、数ヶ月後、仲間内の誰よりも早く就職の内定を決めて、本物のスターとなったのですが、それはまた別のお話です。


【11年07月08日 安田均】

狂った星座

 これを書いているのは7月7日、七夕。星座が美しい日でもある。
 真逆の冬の寒い日、上空のオリオン座がくっきり見えるのも好きだが、今回書きたいのはそうした叙情的なことではない。

 タイトルから、
フレドリック・ブラウンの短編を連想できる人はもうそんなにいないだろうが、そう、こうした「狂った星座」みたいな感覚の作品がぼくは大好きなのである。
「ドラゴンランス」という名作にしても、最初にガツンと感じたのは、一行の脱出行の始めの頃。
 レイストリンの「アスト・タサルク……」もいいけれど、何と言っても「星座が消えている……暗黒の女王座が」の件だろう。「それを追って、パラダイン(雄々しき戦士座)も消えた」ーーここでぞくぞくっと来ないとファンタジーのファンじゃない。

 ブラウンにしてもそうで、「星座が突然動いた」という驚天動地の出来事から、さらにナンセンスなありえざる展開が待っている。当時のSFには、常にこうしたワンダーがあったものだ。

 いや、というよりも、ブラウンという作家の固有のおもしろさ、すごさだったというべきかもしれない。
 日本では妙にブラウンのSF、それも落語風のショートショートばかりが一時期もてはやされていたが、ブラウンのよさはそんな狭い範囲にとどまるものじゃない。

 なんといっても、古き良きアメリカやシカゴを彷彿させるエド・ハンター・ミステリのすばらしさ。
「シカゴブルース」なんて、いまにもそばをシカゴ高架鉄道が走っているような感触を残していた(ぼくはミルウォーキーへ行くついでに、よく寄ったので、シカゴは大好きだ)。ミステリは他の独立したものも、すてがたい味わいをどれももっている。

 そして、ミステリ短編も「奇妙な味」としか言いようのない不思議さ。SFにしても、一時ブームだったトンデモ長短編だけではなく、長編の泣かせる
「天の光はすべて星」やサスペンスタッチの「73光年の妖怪」は捨てがたい。

 そう、これだけ幅の広い作家も珍しいのだ。もっとも最近は忘れ去られているようで淋しいが、まあ、異色短編集
「さあ気ちがいになりなさい」くらいは読んでおいてほしい気がする。
(昔、河野裕の入社応募短編がブラウンのニューロティックな短篇の感覚だったので、「ブラウン知ってる?」と聞いたら、「はっ?」だったのもいい思い出だ)

 ということで、ブラウンなみの異色度をもつゲームシステムでも作れたらいいなと最近は思っている次第。ちょっとがんばってみます。

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