――: |
こうして見ると、両作品とも、独特の世界設定が目を引きますね。 |
川人: |
と言うと? |
――: |
おやすみの場合は「明日を生きることも儘ならない戦乱の世」、ガールズの場合は「逆差別のある閉鎖された都市」。今どきのライトノベルには珍しい、重い問題を抱えた舞台ではないでしょうか? |
秋口: |
確かに、言われてみればそうだね。 |
――: |
どうしてこういった世界を舞台にしようと思われたんですか? 例えば、川人さんのおやすみは角川スニーカー文庫さんからの出版ですが、最近では河野さんの『サクラダリセット』のような現代社会を舞台にしたものが多いように思います。 |
川人: |
う〜ん。一番はやっぱり、書きたかったってことだ(笑)。 |
――: |
もちろんです(笑)。それは十二分に伝わりました。 |
おやすみの世界の中で、主人公のエストは山間の小さな村に育ちます。そこは日々を生きる食料にも困る場所。外には魔物も生息しており、冒頭ではそれに殺されかけたりもします。戦争だけでなく徹底的なまでの苦難が、エストを襲います。
|
|
川人: |
私が書きたかったのは、「死生観」なんだよね。 |
秋口: |
死生観? |
川人: |
そう。例えば、人生って健康に生きれば7、80年はあると言われてる。けれど、7、80年――いや、たとえ100年生きるとしても、「明日がある」と思って生きるのと「明日がないかもしれない」と思って生きるのとでは、その意味は大きく違うと思う。この作品は、「明日がないかもしれない」と思って生きている人たちの話なんだ。 |
――: |
なるほど。今の日本で、明日死ぬかもしれないと思って生きている人は少数派でしょうね。1日の重み、ということですか。 |
川人: |
一瞬の輝き、とも言う。少年少女たちが、「明日死ぬかもしれない」という状況下で、何を選び、どう葛藤していくのか、ということを書きたかった。どう生きて、どう死ぬかということを。 |
秋口: |
そのために、「明日が保障されていない」舞台を用意したわけですね。 |
エストの故国・九領主大皇国(グラトラーシュ・デュマレスク)は、怨恨あるヴァーズミール新王国と対立中。中でも両国の軍事力の1つ、大陸最強の殺戮者「領域魔術師」と、それと渡り合う〈王威の花〉のバトルは豪快かつ凄惨。彼女たちはそれぞれの理想とする明日を手に入れるため、戦場へと赴きます。
|
|
――: |
なら、秋口さんのガールズの方はどうでしょう? 逆差別がまかり通る、という異質な世界が舞台となっていますけど。 |
秋口: |
そう。僕の場合は、「逆差別」というものを描きたかったんだよね。僕たちが生きている現実世界にも、これに近い問題はあると思ってて。明確にテーマと言える差別問題が僕の中にはあるけれど、それはここで特定のコレ、と言わなくても、読者さんが最も身近にある何かに置き換えて考えてもらってもいい。 |
――: |
確かに。差別するものとされるもの、の関係については、なかなか難しい問題ですね……。逆に、身近になくても、それについて考えるきっかけにもなっていると思います。 |
秋口: |
そうならば嬉しいな。本当は、メッセージを強く発信することだけを考えるなら、もっと現実に近い世界観で同じテーマを書くこともできたとは思うんだ。ただ、それをすると世界に入り込む前に嫌な気分になる人もいるだろう、と思って結局は今の形に落ち着いた。 |
――: |
今の形は凄くキャッチーですよね。「地下新聞」「〈汚染物質〉」「ランク付けと、それぞれの居住区を分ける〈境界〉」……いい具合にファンタジー好きの心を刺激するワードが並んでいますし、しかもそこから漂うアングラ感は物語の重厚さを損なうことなく、世界と上手にマッチしている。 |
毎日の命が保障されていない世界で、現実世界ではなかなか体験し得ない死生観を描いた、おやすみ。
社会的弱者が優遇されている世界で、現実世界における社会システム上のある部分を問題提起として描いた、ガールズ。
非現実世界というフィルターを通して、現実世界での私たちの生活や思想に訴えかけると言う意味では、2つの作品には共通したものがあるように思えます。
|
|
――: |
キャッチー、と言いましたが、世界観のほかにも、キャラクターたちのキャッチーさが今回の目玉でもありますよね。 |
秋口: |
そうかな。 |
――: |
はい、そのあたりも含めて、次はキャラクターについてお聞かせください。 |
――: |
では次に、物語の主役! キャラクターたちについて伺いましょう。私はおやすみの主人公・エストに、とても元気でかわいらしい印象を受けました。 |
秋口: |
百鬼夜翔シリーズ(※1)のひかりちゃんに代表される、川人さんらしい少女のキャラクターだね。 |
――: |
何かこういったキャラを書くときのこだわり、というのはあるのでしょうか? |
川人: |
おやすみのあとがきでも書いたけど、私は「戦う少女」が好きなんだ……それだけだ(胸をはる)! |
――: |
確かに書いてらっしゃいましたね(笑)。「戦う少女」は美しい。担当編集さんとも一致した見解だ、と。 |
川人: |
あとがきでも例としてジャンヌ・ダルクについての話が出てくるけど、明日死ぬかもしれない状況下で、大切な何かを守るために戦う女の子、というのは美しいと思う。さっきも言った、一瞬の輝きっていうのと繋がるかな。 |
秋口: |
死ぬことで伝説となる、といった例は実際にありますからね。ケネディしかりジョン・レノンしかり。 |
――: |
そんな、まるでエストちゃんが死ぬかのような……(汗)。 |
川人: |
そんなことはありません(笑)。まあ、長い年月を生きたヴァンパイアが人生に価値を見いだせなくなる、というような話も典型としてあって、その逆を描きたかったということかな。結局は死生観の話になっちゃうけど。 |
――: |
エストというキャラクターが生まれたのも、死生観という一貫したテーマがあったからこそ、なんですね。 |
川人: |
うん。どんな苦境に立たされても頑張ってるキャラっていいじゃない? 「時には泣いちゃうこともあるけれど、でも元気です」みたいなね(笑)。 |
秋口: |
いいなあ。キャラ愛ですね(笑)。 |
川人: |
こういったキャラや世界観は、間違いなく私が今一番書きたいと思っているものの1つだね。次に発売する『イレーネの戦争』もそうだし。 |
『イレーネの戦争』は川人忠明の次回作。おやすみとは似て非なる作品で、同じテーマを、違った設定・キャラクターを用いて新たな視点から描きます。詳細はこのインタビューの最後で!
|
|
――: |
ガールズの主人公・萌絵も、エストに似た部分は持ってますよね。 |
秋口: |
ん、どういうこと? |
――: |
Bランク居住区で何不自由ない生活を送っているのに、他人のために自ら危険なことに首を突っ込んでいく感じが、エストと同じようだな、と。 |
ガールズの舞台となる街・K市の人たちは、「感染」の度合いによってランク分けされています。
Aランク市民は王侯貴族のような生活を、Bランク市民は一般庶民の生活を、Cランク市民は奴隷のような生活を、自治政府から「保障」されています。その方針に反抗することは差別であり、反社会的な行動とみなされかねません。
|
|
秋口: |
ああ〜、それは自分でも意識してなかった。表面上の印象はおやすみのエストちゃんとは対称的だけど、そういう自己犠牲精神は近いところがあるかもね。 |
――: |
結局、萌絵は反社会的行動をとりまくるんですよね。アンナや街のことを調べるうち、地下新聞の記事まで書いてしまって、いつのまにか完璧な反逆者に。あの頃の平凡な生活はいずこへ……。 |
- ◆ アンナ
- Cランク居住区の売春窟で働いていた少女。萌絵はK市のシステムの裏側について調べるうち、彼女の失踪事件についても探ることとなるが……?
|
|
秋口: |
仕方ないよね。反政府組織に入っちゃうから。でもあえて僕は、萌絵を何不自由ないBランクに設定したんだ。 |
――: |
どうしてですか? |
秋口: |
「少なくとも7割に共感してもらえる人物」を目指したから。おそらく大抵の日本人って、自分の生活水準が平均だと思ってるんじゃないかな。恵まれてはいないけれど、過酷で貧しいわけでもない、と。 |
――: |
そうですね。僕もお金はないですが、不幸だと思うほどじゃないです。 |
秋口: |
だからこそ、読者さんは萌絵に共感して読んでくれるんじゃないかな、と思ってるんだ。自分がこの状況下に置かれたら、萌絵に近い行動をとりたいと思う、とか。こういった仲間がいてくれたら心強い、とか。僕自身、萌絵に入り込んで書いてしまった部分があるし。 |
――: |
書いて、しまった? まるで悪いことのように言いますね(笑)。 |
秋口: |
ああ、そうそう(笑)。女の子が主人公なのに僕の意識が入り込みすぎて、「この女の子、おっさんやん!」って言われるのが恐かった(笑)。そこは書いていく上で気をつけた部分だよ。 |
――: |
なるほど(笑)。 |
――: |
川人さんは、キャラを書く上で何か気をつけたことなどありますか? これを書きたかった、みたいなものでも構いません。 |
川人: |
かけあいを書きたかったね。 |
――: |
ああ! 確かに、メインキャラ3人の掛け合いは面白かったですね。世界がわりと過酷な環境下なので、ありふれた日常会話の大切さが伝わってきます。 |
川人: |
かつて、掛け合いは今の倍くらいあったんだよ。 |
――: |
え!? |
川人: |
でもそれは多すぎてやめた(笑) 戦乱の世界観が損なわれすぎるのもどうかと思って。 |
秋口: |
厳選された掛け合いってことじゃないですか。 |
川人: |
そうとも言う(笑) |
――: |
実際、ギャグっぽい掛け合いによってかなり読みやすい、キャッチーな作品に仕上がってると思います。あれはスハイツとミビのキャラクターあってこそですね。 |
- ● スハイツ
- 戦術設計士(せんじゅつせっけいし)。領域魔術師であるエストを補佐し、効率よく任務を達成すべく戦略を練る軍師のような存在。基本的にイジられ担当。
- ● ミビ
- 従兵召使(じゅうへいしょうし)。領域魔術師・エストや戦術設計士・スハイツの身の回りの世話をしながら、護衛としての役割も担う。料理は絶品だが、スハイツへ吐きつける台詞はいつも辛口。
|
|
川人: |
スハイツやミビは、どういった役割を持たせるか、ということをちゃんと考えて作ったキャラだからね。 |
――: |
役割というのは? |
川人: |
まず、スハイツはエストとケンカするキャラだ。突っ走った考えのエストに対して、いつも冷静にアンチテーゼを提示する役割がある。対してミビは、バランス調整役。二人の関係を引っ掻き回しているようにも見えるけれど、ときにスハイツ、ときにエストに近い意見を述べている。 |
――: |
なるほど〜。考えられていますね! |
川人: |
あと、かっこいい敵キャラをつくる、とか。 |
――: |
ロシエッタですね! 私はあのキャラ、好きなんですよ。クールで、でもいかれてて、影のある感じが。 |
秋口: |
ああ、ロシエッタは僕も好き。厳しい敵女性キャラが好きなんですよ。 |
- ● ロシエッタ
- エストの国と敵対するヴァーズミール新王国の<王威の花>。領域魔術師と並ぶ戦闘力を持つ、ツンツン最終兵器彼女。
|
|
――: |
あれ? 敵キャラなのにすごい人気だ、ロシエッタ(笑)。 |
秋口: |
それだけ、敵も味方も魅力的ということでしょう。 |
川人: |
そういうことにしておこう。 |
――: |
いや、実際にそうですよ(笑)。逆に、川人さんがガールズの中で好きなキャラは誰ですか? |
川人: |
オリガちゃん(即答)。 |
――: |
はやっ(笑)。というか、そもそもオリガって「ちゃん」のつくようなキャラでしたっけ? |
秋口: |
反政府組織の一員で、強硬派のリーダー(笑)。 |
――: |
オリガちゃん危なっ(笑)! |
- ◆ オリガ
- 萌絵の所属する反政府組織の2大リーダーの1人。恵まれた生活を送るAランク市民でありながら、逆差別社会への不満を持っており、積極的に行動を起こそうとする。
|
|
――: |
でも、オリガみたいな女性にキュンと来るのは共感できる。やっぱツンデレって至宝ですよね。 |
川人: |
オリガちゃんには「戦う少女」にある一瞬の輝きを見た。 |
本日の教訓:「男はいつの時代も、危ない香りのする女性に弱いものである」
|
|
――: |
ガールズには他にもキャッチーで魅力的な女性キャラクターが出てきますよね。 |
川人: |
だね。 |
- ◆ マリー
- 反政府組織の2大リーダーのもう一人。ガサツな印象ながら穏健派のリーダーとして抜群の才覚を発揮する、容姿端麗な女性。的確な判断力と交渉力が特長で、萌絵が組織に入れたのも、地下新聞を問題なく作れたのも、この人物の力によるところが大きい。オリガとは、反発しつつも実力を認め合った仲。
|
ガールズは、その題名どおり、魅力的な女性キャラがたくさん出てくる小説です。上記の他にも、いつもペットの兎を抱えている無表情クールビューティ・ハロッテ、廃棄列車に住む“玉ひも”少女・コトミ……それぞれが自分の正義に基づいて生きています。自分の思想に一番近いキャラクターは誰か、考えながら読むのもひとつの楽しみ方だと思います。 |
|
――: |
さて、残念なことにそろそろお時間のようです。最後に、お二人の今後についてお聞かせください。 |
川人: |
まず、おやすみ魔獣少女は、今後も続けていくつもりです。1巻ではひたすら攻められていた九領主大皇国ですが、今度は反撃をする予定です。 |
――: |
「ガラクア、反抗。」と1巻の予告にも書いてありますね。九領主大皇国の大皇家のトップが、ついに反撃ですか。 |
秋口: |
そう、ガラクアさんって、少しだけ戦闘シーンが出てきますけどめちゃくちゃ強いですよね。その国がピンチになっている理由がわからないほどだ(汗)。 |
――: |
逆に言えば、2巻ではそれほど強大な敵が登場する、ということですか? |
川人: |
まだ詳しいことは言えませんが、彼女たちの超常バトルが繰り広げられることは間違いありません。 |
――: |
うおお! 萌え……燃える! |
秋口: |
こら(笑)。 |
――: |
すみません。では、秋口さんの今後についてはどうでしょう? |
秋口: |
とりあえず、ガールズに関してはあれで完結しているので、続きは考えていません。新しい作品についても……あんまり決まってないんだよね(笑)。ただ、僕は今までキャラクターを主軸にした小説を書いてこなかったから、そういったことをしていきたいな、とは思ってる。 |
――: |
ほう! 確かに、秋口さんと言えば精巧に作られたプロットと、世界観が魅力、みたいなイメージがあります。次回は少しテイストを変えて、キャラクターを前面に出したものが見られるんですね! |
秋口: |
断言はしないけどね。できたらいいなあ、くらい。 |
――: |
さらに、今回は他にも、CMがありますよね? インタビューの中でもちょこっと触れましたが。 |
川人: |
そうそう。きたる7月20日、朝日ノベルズから私が書いた『イレーネの戦争』という本が出版されます。これも長編小説で、戦う女の子の話です(笑)。 |
――: |
好きですね〜(笑)。 |
秋口: |
テーマがブレない、というのは素晴らしいですよ(笑)。 |
――: |
どういった作品なんですか? |
川人: |
一種のジュブナイル・ファンタジーなんだけど、魔法など特殊な力がない世界でのお話。二台強国に挟まれた小国に生まれ、戦争によって家族や村の人たちを皆殺しにされた少女が、裏切り者として差別されている放浪の民たちと出会い、絆を見つけていく、といった感じの。 |
――: |
絆を見つける、ですか。エストとは少し違いますね。 |
川人: |
そう。エストとイレーネの決定的な違いは、エストには家族がいて、故郷があって、その絆を守るために戦うってところ。イレーネの場合は、家族を殺されて、居場所を失って、何もなくて、なぜ自分だけ生き残ったのか、というところから始まるんだよ。だから、絆を見つけていく話。 |
――: |
しかもさらっと、差別という言葉が出てきている。 |
川人: |
うん。秋口君のガールズに近いテーマが入っているから、今回の2作を読んでいただいた方には、より深く楽しんでいただける作品かもしれないね。 |
――: |
なるほど〜。偶然とはいえ、これは興味を持たざるを得ませんね。はやくイレーネも読んでみたい! |
|
――: |
それでは、本日のインタビューはこのあたりで閉めさせていただきます。長時間、お疲れ様でした。どうもありがとうございました。 |
秋口&川人: |
ありがとうございましたー! |
『おやすみ魔獣少女 暗黒女神の《領域》』『ガールズ・アンダーグラウンド』は絶賛発売中!
さらに7月20日には『イレーネの戦争』も発売予定! SNE作家陣は今後もどんどん強力な作品を生み続けていきたいと考えております!
TRPG、ボードゲーム、TCG、翻訳などと併せて、今後もよろしくお願いいたします! |
- (※1)百鬼夜翔シリーズ
- 弊社所属の小説家を中心に複数の作家によって書かれたシェアード・ワールド・ノベルズ、「妖魔夜行」シリーズの続編。文中に出てくる「ひかり」は、その中で川人が自身の物語の主人公として書いた元気系少女・星野ひかり。日本の陰陽師とフランスの魔女とのハーフである。
|
|