安田 |
というわけで、河野裕くんの新しい小説が角川文庫から発売になりました。今回はスニーカー文庫じゃないんだよね。 |
河野 |
はい。 |
安田 |
『つれづれ、北野坂探偵舎 心理描写が足りてない』――タイトルはめちゃくちゃ面白いんだけど、ちょっと長くない?(笑) |
河野 |
長いですね(苦笑)。 |
安田 |
通称『つれづれ』で。 |
河野 |
はい、みなさんにも『つれづれ』で覚えていただけたらと思います。 |
安田 |
そういや、『サクラダリセット』にも長いサブタイトルがついてたなあ。 |
河野 |
「CAT, GHOST and REVOLUTION SUNDAY」……だったかな(笑)。編集さんと話をしていたらだんだん長くなった記憶がありますね。 |
安田 |
なんかよくわからない、というのがよかったのかもしれないね。 |
河野 |
サクラダが町の名前(咲良田)だということもなかなかわからないですよね。 |
安田 |
その点、今回のタイトルは「ミステリー/探偵もの」だということが一目でわかるよね。そこははっきりさせたかった? |
河野 |
いえ、意図するつもりはなかったです。正直、編集部の意見でして(笑)。もともとわたしは、「このジャンル」と定めずに小説を書きたいと思っています。面白いことはなんでもやりたい。 |
安田 |
なるほど。 |
河野 |
そしてわたしが面白いと思うプロットが、ミステリー的な話になりがちなんですよ。 |
安田 |
謎があって、それを解いていく、という広義な意味でのミステリーだよね。殺人事件とか凶悪な犯罪とかを扱うんじゃなくて。 |
河野 |
ガチガチの本格ミステリーを書こうという意図はなかったです。単純に、わたしが好きな話を書きました。 |
安田 |
幽霊が出てくるからホラーかと思うと、怖くない。ラブストーリーっぽさもあるけど、きみらしくて淡くせつない。ベタベタの恋愛ものとは違う。 |
河野 |
そうですね。 |
安田 |
つまり、分野的にこれというのを狙ったわけではなくて、自分が面白いと思うストーリーを書こうとしたらこうなった、と。 |
河野 |
はい。 |
安田 |
では、簡単に設定をおさらいしておこう。神戸北野坂にある喫茶店、その名も「徒然珈琲」には2人の探偵がいて、事件を解決する。この2人は、作家と元編集者。 |
安田 |
この探偵たちって作家と元編集者だろう? きみにはよくわかっている関係だとは思うけど……この2人、ちょっとキモくないか? |
河野 |
ははは(乾いた笑い)。 |
安田 |
ベタベタしているっていうか、ちょっとボーイズラブ的な感覚というか。 |
河野 |
まったく狙ってないんですけどね。いまは男性コンビだというだけでボーイズラブ的に見られる風潮もあるように思いますが、そんなことを気にしても仕方がないので、好きなように書いてます。 |
安田 |
この作家と元編集者のやり取りというのがひじょうに面白い。「謎」に対してこの作家は、プロット上というか、小説の枠組みからして正解はこうなっているんだろう、こうでないと美しくないと言って推理する。それに対して元編集者が、「いや、そうじゃないだろう」と意見したり。これはきみ自身の体験に基づいてる? |
河野 |
そうですね……小説を書くのって、作り上げるというより、「正解を見つける」ことに近いと思うんですよ。とくに編集者さんと話していたら。それってとても探偵っぽい、書きようによってはミステリーになるな、と思いました。たとえば「このシーンはイマイチしっくりいないから、どう修正しよう?」というときとか。 |
安田 |
イマイチとか言われるんだ(笑)。 |
河野 |
それは、まあ。『サクラダリセット』のときに、「ここの雰囲気をよくしておいて」とかよく言われました。それで、このストーリーラインに沿って雰囲気をよくするとはどういうことだろう、と考えていくと、じつはいっぱい選択肢があるわけではなくて、どこかに絶対的に正しい1つの形があって、いかにそれににじり寄れるか、を考えます。 |
安田 |
河野くんって、ゲームのプレイスタイルを見ていても、じつはけっこう理詰めで論理的にやりたがるよね。雰囲気はポエティックで感情的な面をうまく出してるけど、作っているとき、練りこむときは、論理的にやりがちなんだ。 |
河野 |
はい。感覚的に作って、論理的に直す、という手法です。 |
安田 |
現実には、編集さんとここまで論理的なやり取りはしないよね? |
河野 |
しないです(笑)。 |
安田 |
それをじっさいにやれたらすばらしいだろうなあ、というのがこの小説? |
河野 |
一応、コンビものとして見せたかったので。編集者側をただのワトソンにしたくなかったんですよ。 |
安田 |
なるほどねえ。確かにホームズでは、彼が天才、ワトソンはそれを報告するだけだよね。「イデオット・プロット」っていう小説のやり方があるんだけど、間抜けな人がいるからより天才に見える、という役割しかしてないもんね、ワトソンは。 |
河野 |
どちらか片方だけでは成り立たない形にしたかったんです。『サクラダリセット』もそうですね。あっちのほうがもっとわかりやすくて、「能力が2つそろっていないとまともに機能しない」という構図にしました。わたしのコンビの作り方がそうなんだろうと思います。 |
安田 |
よく考えてあるね。この小説のプロットもじつに練られている。ちょっとネタバレになって恐縮だけど、第一話でよくわからなかった部分が第二話でメインになって、第三話でも第一話の内容がぐっと絡んできて……なのにわかりやすくて、見通しよく書かれている。そのへんは書くときどうだった? |
河野 |
わたし、すごく手探りでものを書くんですよ。けっこう論理的に見えるかもしれませんが、初稿はすごく荒いんです。 |
安田 |
へええ。てっきり、最初から論理的に作っていったんだと思ってた。 |
河野 |
たぶんわたしは他の作家さんと比べても、直す時間がすごく長いんだと思います。論理的に見えるのは、ものすごく長い時間直して、つじつま合わせをがんばっているからかもしれません。 |
安田 |
正直、プロローグがすごく面白かったんだけど(笑)、それも一生懸命考えたの? それともすうっと出てきた? |
河野 |
じつは……プロローグは本編を書き終わってから書いたんです。 |
安田 |
あ〜、バラしちゃったね、すまん。 |
河野 |
いえ。本編を書き終わって、「これはこういう話なんだ」というのがまとまってから、その要素を最初に見せておく、という形をとりました。 |
安田 |
それはとても大事。いい作家っていうのは――きみのことを目の前で「いい作家」って呼んじゃいけないのかもしれないけど(笑)――そこがわかる作家だと思う。つまり、この作品はこういうものです、というのがプロローグを読んでわかるようなもの。ぼくはこういう話が書きたいんです、なんだか変だけど面白いでしょう? というふうに。それがあるからこそ、あとのプロットの出し入れが活きてくる。プロローグがうまく活用されていると思う。 |
河野 |
ありがとうございます。 |
安田 |
さて……他になにか言っておきたいことある? 女の子はちゃんと書けてます? とか(笑)。 |
河野 |
女の子は不安なんですよねえ……。 |
安田 |
あの女子高生はよかったよ。 |
河野 |
今回はできるだけ突飛なキャラクターにしないように、ヒロインを作ったつもりです。 |
安田 |
素直だよね。いっぽう、パスちゃん(注:「徒然珈琲」のウェイトレス。なぜかパスティーシュと呼ばれている)のほうがよくわからんというか、「記号化」されてるよね。 |
河野 |
わたし、脇役ほど記号化したがるんです。登場シーンが少ないなら、記号化したほうがわかりやすいだろう、と。 |
安田 |
ぼくはひねくれてるから、脇役ほど変なキャラクターにしたがるけど(笑)。 |
河野 |
わたしはスウッと「こういうやつなんだ」とわかる人物を脇役に置きたがりますね。 |
安田 |
記号的なやつを記号的に書いてもぜんぜん面白くないけど、パスちゃんには1つうまい技能があって、しっかりキャラクター性が出ていたね。 |
河野 |
よかったです。 |
安田 |
そういや、途中から厨房の人が出てきたっけ。ズバリ、あれは最初考えてなかっただろう? |
河野 |
は、はい、じつは。 |
安田 |
……おっと、こんなふうに作り手側がどう考えてるか全部聞いてたらいけないな。 |
河野 |
多少は謎にとどめておいてください(笑) |
安田 |
これはミステリーだけど、謎解きの方法は変わってるし、なにより幽霊が出てくるよね。幽霊って、ミステリーで使うと禁じ手と言われそうだけど。 |
河野 |
それはそうでしょうね。 |
安田 |
現実でないものを使うと、作者の自由が効きすぎるからね。インチキしやすい。別に本格物を目指せというつもりはないけど、そのへん、書いててどうだった? |
河野 |
確かに自由度が効きすぎるので、ミステリーとしては難しいと思いました。ただわたし、もともと幽霊が大好きなんですよね。論理的に「幽霊がいたらこんなふうにピースがはまって嬉しい」と思って幽霊を出しているんじゃなくて、幽霊という要素を入れることによって、わたしの好きな雰囲気を作れるので出しているんです。 |
安田 |
そこは論理的じゃないんだ。 |
河野 |
はい。もともと作家と編集者のコンビというのも、好きだから出してるんですよね。まず感覚的に要素をそろえてから、論理的に作ろう、という方向です。 |
安田 |
確かに作者と編集者がこんなにベタベタしているところを書く作品はあんまりなかったよなあ(笑)。 |
河野 |
ちょっと恥ずかしいですね。 |
安田 |
だよね? 作家と編集者ってこんなものなんだ、と一般に思われちゃうかも。 |
河野 |
ち、違います! |
安田 |
もっとひどい編集者はいっぱいいるもんね。 |
河野 |
いえ、わたしのいままでの担当さんはお2人ともすごくいい人でした。運がいいなあ、と思います。ですので編集さんに悪い感情はなにもありませんが、こんなにベタベタはしていません(笑)。 |
安田 |
小説に出てくるもう1人の女の編集者さんはてきぱきしてて、ああいう人はけっこういるよね。あれが普通だと思ってもらえたらいいかな。 |
河野 |
あれもいい編集さんの部類ですが。 |
安田 |
取材の手配とか、すぐパッとやってくれるもんね。 |
河野 |
現実では、「どこそこに取材に行きたい」って言うと、「じゃあ、勝手に行ってください」という感じです(苦笑)。このあいだも喫茶店に取材に行きましたが、あれも編集さんは関係なく、社長に連れていっていただきました。 |
安田 |
コーヒーをもっと詳しく知りたいということだったから。ちょうどぼくの友だちに、有名珈琲店の社長をしてるやつがいてね。 |
河野 |
すごく面白かったです。作品に活かせるようがんばります。 |
安田 |
「徒然珈琲」のメニューが変わったりして(笑)。 |
河野 |
第3巻から急に詳しく語り始めるかもしれません(ニヤリ)。 |
安田 |
さて、ぼくがこの作品を真面目に論評すると、3つの短編を解決したと見せながらうまく絡めて長編にしている。さらに言うなら、そこで解けないもう1つ大きな謎も残されてるわけじゃないか。これは将来、これから出ていく作品で書いていくということだよね。 |
河野 |
そういうことです。 |
安田 |
楽しみだなあ。 |
河野 |
ちゃんと最後まで書けたらいいなと思います。 |
安田 |
でも実を言うと着々と準備は進んでいるよね。みなさん、河野裕が『サクラダリセット』を書き終えてから1年半なにもせずに遊んでいたとは思わないでください。この3冊分は貯めに貯めてやっています。 |
河野 |
まだ第3巻は書いている途中ですが(恐縮)。 |
安田 |
第2巻は12月発売予定? |
河野 |
はい。第3巻は来年3月発売予定です。 |
安田 |
人気が出たら、もっとつづくかもね。『サクラダリセット』の7冊を抜くくらいに。 |
河野 |
そうですね、7巻くらいがほどよいかな、と思っています。 |
安田 |
この2人の探偵なら、いろいろと作品が面白いのができそうだね。 |
河野 |
ありがとうございます。いろいろ書きたいと思っていますのでがんばります。 |
安田 |
ちなみに作家としての抱負は? |
河野 |
「すごく純粋な小説家」になりたいです。 |
安田 |
なんだ、それ? じゃあ、「不純な小説家」ってなに?(笑) |
河野 |
つまり――10年後、20年後には、本を書くことしかしていない人間になりたいんですよ。そこになるまでしばらくは、思いつくままいろんなことをやってみるつもりですが。 |
安田 |
そっちがうまくいって、いま言ったことを忘れてるかも。 |
河野 |
(笑) |
安田 |
でも……「小説」というものって残ると思う? |
河野 |
? 小説という文化ですか? |
安田 |
そう。残ることは残ると思うんだけど……いまの小説界みたいな小説がつづくと思う? |
河野 |
どうでしょうね(悩)。 |
安田 |
はっきり言ってこの200年、いや300年かな、1700年代の終わりごろから1800年代にかけて、リアリズム小説の基本形――いわゆるバルザックとかフロベールとか――が出て、日本でも明治以降、ものすごく広がったと思うんだよね。それまでは詩歌や演劇が主流だった。なのにいまは小説がメインになってるでしょ? だから、将来もこうなのか? っていうのが気になる。いまはいろんな作品が過剰なくらい出てるじゃないか。 |
河野 |
そうですね。 |
安田 |
そうすると、純粋な小説家って……どうなるかな? |
河野 |
わたしが死ぬころまでは大丈夫じゃないかな、と思います(笑)。ただ、どんどん細分化はしていってると思うんですよね。こういうエンターテインメントは、プロフェッショナルなものから、どんどん作り手まで趣味でやっている、楽しんでやっている、というふうになっていて……。 |
安田 |
ぼくはそれを「双方向化」っていう言葉で呼ぶんだ。小説はもともと、神である作者から読者への一方的なものだった。それがゲームとかネットとかソーシャルネットワークとか文化的な形態が広がることで、双方向化し始めている。アマチュアリズム的なところを取りこむ、というのが広がってきているとは思うね。 |
河野 |
そういう意味では、小説はとても強いジャンルだと思います。単純に、いろんな準備が要らないジャンルですからね。 |
安田 |
でも「字で読んで頭で想像する」という文化は難しくなっていくんじゃないかな。いわゆるリアリズム小説から来ている、そこの部分はどうなるかわからない。 |
河野 |
確かにどういう形になるかはわかりませんね。 |
安田 |
このあいだから言ってるんだけど、いわゆるエンターテインメントが、20世紀後半から増えているよね。ほら、リアリズム小説はやっぱり社会小説、政治小説、現実に近いところばっかりだったから、その反動かな。そして21世紀は、純文学の分野にエンターテインメントが取りこまれていっているような状況になっていると思う。そういう小説が双方向化も含めて、これからどんなものになるかは、とても興味がある。 |
河野 |
ぼくは、いまは若い人たちがかなり文字を読んでいると思います。 |
安田 |
結局、ネットでも文字を読むもんね。 |
河野 |
そうです。ネットでいちばん強いのは、結局文字だと思うので。 |
安田 |
意外にね。 |
河野 |
はい。だから文字の強さに対する不安感はありません。ただ社長がおっしゃったように、ジャンルの移り変わりは気になりますね。 |
安田 |
それは激しいと思うよ。 |
河野 |
はい。端的に言って、わたしが今回、ライトノベルのスニーカー文庫から角川文庫に移ったのも、言ってみればそういう流れの一環だと思っています。 |
安田 |
単に歳を取っただけじゃないのか(笑)。 |
河野 |
純文学がエンターテインメントを取りこんでいるという話があったと思うんですけど、同じようにいまや一般エンターテインメントがライトノベルを取りこんでいってると思っています。そんなふうに、ボコボコと移り変わっているなあと思いますし、それが先っぽまで行くと押し出されるんだろうなあ、と思います。 |
安田 |
ライトノベルでは、初期にぼくたちがやってきたような面白いものが出てくればいいんだけど、1つのジャンル化、記号化したことで、粗製乱造が起こっているのは間違いない。それはちょっと怖いね。 |
河野 |
はい。 |
安田 |
……というような難しい話になったところで、このくらいにしておこうか。今後も「名づけられない」面白いものを書いてください。 |
河野 |
はい、今日はありがとうございました。みなさん、『つれづれ、北野坂探偵舎』をよろしくお願いします! |