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北沢慶のドイツ旅行記
10月11日

 まず最初に。
 充電は無事に終わってました。やっぱ大は小を兼ねるの……? 変圧機は猛烈に加熱してブレーカーが落ちたのに……。
 まあ、それはさておき。
 今日はミュンヘンを離れ、ドイツの古城を訪ねて回る、ロマンティック街道へ出発だ。
 もともとは南北をつなぐ通商の要だったこの街道には、古い街や建築物が当時の姿のままたくさん残されている。まさに中世の旅人気分を味わえるロマン溢れる旅路だ(移動するのは車だけど)。
 昨日訪れたノイシュヴァンシュタイン城も、実はこのロマンティック街道の南端に位置する。ドイツ観光のまさに王道というわけだ。



出発!

 今日もバスをチャーターして、ロマンティック街道を北上!
 さすがに今日は、20人乗り程度のお手ごろなサイズ。朝食を済ませると、バスに乗りこみ一行は旅に出た。
 若干時間に余裕があったため、まず目指したのはミヒャエル・エンデの図書館。残念ながら開館時間がお昼からだったので外観を楽しむに留めるも、ここからして普通の建物ではない。まるっきりお城だ。
 ミヒャエル・エンデの展覧会などをやっていて、見られないのが残念だったが、後ろ髪を引かれつつバスに乗りこんで次の目的地へと向かった。

ネルトリンゲン

 バスが動き出すと、不覚にも北沢は轟沈。まるで生ゴミのように眠ってしまった。
 せっかくロマンティック街道の景色を堪能しようと思っていたのに……でもたまに目を開くと、窓の外は深い霧。それをいいわけにまた寝てしまう北沢だった。
 しかしふと目を開くと、そこはいきなり城壁に囲まれた街の中。
 いつのまにやらネルトリンゲンにたどり着いていたのだ。

 しかし……なんというか、目を開いても夢の中のようだ。とにかく町並みは完全に中世。映画のセットかなにかの中に入り込んだようだ。車が止まっていたり住人が歩いていたりするのが不自然に感じるほどである。
 それもそのはず、ドイツでは景観保護の法律がかなり細かく決められているらしい。屋根の色から壁の模様、テラスの位置、植木の所有権など、色々大変なようだ。家を勝手に取り壊すなど、もってのほかだという。

 こうした厳しい取り決めのおかげで、ドイツには見事な古代の街が保存されているわけだ。特にこのネルトリンゲンの街にある教会は、12世紀ごろに建設されたものだという。日本ではまだ平安時代だった頃に、ここにはこれほど巨大な石造建築物が建てられたのかと思うと不思議な感じだ。
 軽く街の中を巡り、一行は昼食へと向かった。
〈赤い牛〉亭

 ロマンティック街道は超有名観光地だけに、日本人客も多い。そこでガイドさんの案内に従い、あえて日本人があまり行かないレストランを選んでランチタイム。
 ここのところ毎日肉料理だったので、今日は野菜中心の食事だ。それでも量が半端ではなく、とても全部は食べられない。
 だって、スープが一人鉄なべ一杯だったり、野菜炒めがフライパンに山盛り盛って出てきたりするんだぜ? でも味はなかなかにおいしかった。600年前から同じ製法で店の地下で作っているというビールも絶品。

 しかしなにやら方向性が変わってきたのは、お店の人が碁盤を持ちだしたときからだろう。
 なにやらこの街には囲碁好きの医者が4人いて、この店で夜になると打っているという。この日はみな診察中で(店主が電話してまわったのだ!)対戦は実現しなかったものの、囲碁を趣味の一つとするボスの奥さんがちょっと残念そうにしていた。
 しかしこの対応ゆえか、店主がいろいろな話をしてくれる。それによると、偶然にもこの店はネルトリンゲンの街の中でももっとも古い民家で、12世紀に建てられた城壁の一部がそのまま家屋の壁として残っているのだという。
 店主は建物の持ち主まで呼び出し、そうした壁や梁のある場所へ案内してくれた。
 そこは、まさしく観光地化されていない歴史がぎっしりと詰まっていた。古い石の壁銃眼大戦時に火災を防ぐために塗られた白い石灰。壁紙をはがした下からはかつて著名な画家が無名なころに描いた壁画まで現れ、すっかり重要文化財の塊となっていたのだ。
 もっとも家主にとって不幸なことに、そうした認定を国に受けてしまったため、勝手な改修工事ができなくなってしまったのだ。かといって補修保全はしなければならず、財政的には大変らしい。
 先祖の遺産も、ものによっては悩みの種となるのはどこでもいっしょのようだった。

ローテンブルグへ

 1時間程度滞在するだけのつもりだったネルトリンゲンに4時間もいたため、思いがけずローテンブルグへの到着が遅くなってしまった。
 もっともせっかく小さなグループでの旅なのだから、こうしたハプニングも醍醐味のひとつ。ただまあ、駐車予定時刻をはるかにオーバーしたせいで、駐車違反の罰金を払わさせられた運転手さんはかわいそうだが……。
 そんなわけで、今日宿泊する予定のローテンブルグの街についたのは、6時前ぐらいだろうか。いささか割を食う形で、今日はぐるっと市庁舎城壁などを見て回るに留める。それでもほぼ完全な形で当時の姿を残す城塞都市ローテンブルグ。その景観、雰囲気は、気分を中世の世界へ旅立たせてくれる。
夕食はイタリアン

 ホテルの周りを一通り散策すると、日も暮れてきたので晩ご飯。
 ただ、ここまで風邪を薬で抑えてきていた三田さんが、とうとう高熱を出してダウン。今日、急に寒くなったのが原因だろうか。ご夫妻をホテルに残して中世の街へお出かけとなった。

 さて、今日は少し趣を変えてイタリア料理である。
 ボスがそろそろドイツ料理以外も食べたいな! トルコ料理とかないんか!と言い出したものの、残念ながらローテンブルグにはなかったためだ。というわけで、次点だったイタリア料理となったわけである。
 実は北沢、日本食と並んでイタリアンが大好きだ。ドイツ料理もおいしいが、このあたりで変化を付けておくと飽きがこなくてよい。そういう意味でもイタリアンは大歓迎だった。
 もっとも、ドイツ人の出す料理はとにかくボリューム大! 一人1皿ずつの注文だったにも関わらず、大盛りパスタを前にびっくり。でもなんだかんだでモリモリ食べる。肉と芋の続いた体に、パスタの味と食感はよいアクセントであった。

伝説を再現

 このローテンブルグには、17世紀の30年戦争の際、ティリー将軍に占領された際、ワインを特大ジョッキ(3.2リットル!)一気飲みできたら皆殺しにするのはやめてやろうと言われ、当時のヌッシュ市長がこれをやりとげ、街を守ったという伝説がある。
 そして市庁舎の斜め向かいにある市議会員宴会場の時計台には、この伝説を再現したしかけ人形が作られていた。夜の9時(ほかに日に3回)の鐘とともに動き出すこの時計台を、ぞろぞろと見に行く。
 するとまあ、いるわいるわ、日本人(笑)。どこにそんなにいたんだ、というぐらい日本人がたくさんいる。ちょっと日本国内の名所みたいな雰囲気である(苦笑)。
 そして9時の鐘とともに始まる将軍と市長とのやりとり。ちょっと時計台が高すぎてよく見えない(苦笑)。けれど見事市長が一気飲みを完遂して、ささやかな寸劇は終わった。なかなかに微笑ましい。

 その後、ホテルに戻って解散。各自部屋へと帰る。
 しかしこれまでのホテルも相当に立派だったが、今回の部屋はなかなか赤面ものだ。ピンクのシーツが敷かれたベッドルームに3人の独身男が転がる姿は……あえて写真にとる必要はないよね……?

 そして友野さんに国際電話で編集部から連絡が。国際FAXでゲラが届くという。
 日本時間で朝の4時に電話してきた編集さんにも頭が下がるが、やっぱりドイツは遠いのか、いつまで待ってもFAXは届かない。
 そろそろインドは越えたかな……? などとアホなことを考えつつ、北沢はもう寝ることにしようっと(笑)。

本日の豆知識

 ドイツのレストランで出されるジョッキやグラスには、かなりの確率でその容積が書きこまれている。メニューにも、「何リットル」か明記されているほどだ。
 さすがきっちりとしたルールを作り、それを守る国ドイツ! と感心していたら、ガイドさんがポロリ。
 ドイツ人はいい加減だから、きちんとルールを決めないと全部適当にしてしまうんだそうな。
 ドイツ人はルール好きなんじゃなくて、ルールがないとやらない主義だったとは……けど決めたルールはきっちり守るんだから、やっぱり律儀な人たちだと思うなぁ。
 でもルールが多すぎるのはしんどそう……これもまたお国がらなんだろうね。


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