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「サクラダリセット」著者・河野裕インタビュー


 


 2009年に発売されるやいなや、その「透明度の高い文章」で数々の読者を魅了し、2012年のシリーズ完結以降も根強く支持され続けてきた青春ミステリ
「サクラダリセット」
 この夏から、なんとレーベルを変えた新装版が7か月連続刊行!
 1巻めは2016年9月24日(土)に、タイトル
『猫と幽霊と日曜日の革命 サクラダリセット1』として角川文庫より発売します。



「リセット」という一言で、世界は、三日分死ぬ――能力者が集う街、咲良田(さくらだ)に生きる時間を巻き戻す少女・春埼と、記憶を保持する少年・ケイ。繰り返す日常は、若者たちに何をもたらすのか!?


 そして帯を見ると映画化、アニメ化の話まで――!?
 詳しい情報を著者の
河野裕に訊いてまいりました。

2016年10月
記事作成 河端ジュン一


■ 著者・河野裕のこれまで

 2009年、角川スニーカー文庫『サクラダリセット CAT,GHOST and REVOLUTION SUNDAY』でデビュー。確かな構成力と「透明度」の極めて高い情緒ある文体で、人気ライトノベル作家に。
 そののち舞台を一般文芸に移し『つれづれ、北野坂探偵舎』シリーズや「階段島」シリーズといったヒット作を生み出す。「階段島」シリーズ第1作『いなくなれ、群青』は第8回大学読書人大賞を受賞。
 ほかに、3D小説『bell』『ブラックミステリーズ 12の黒い謎をめぐる219の質問』といった実験的・意欲的な作品も。

―― 「サクラダ」7巻完結「つれづれ」は現在5巻(以降継続)、「階段島」は現在3巻(以降継続)……そして他にも著作が。こうしてみると、かなり多くの作品を世に出していますね。
河野  はい、とてもありがたいことです。
――  考えてみるとデビューして7年ですからね。その間には本当にいろいろあったと思います。「第8回大学読書人大賞」という賞も経て……この間に作家として、なにか変化はありましたか?
河野  うーん、概ねでは変わっていないと自分では思っています。ただ、まわりの状況は刻々と変化していますね。たとえばライトノベルと一般的に呼ばれる分野のあり方です。「サクラダ」は私にとってのライトノベルの「中心」という気持ちでした。昔に読んで育ったライトノベルに強い影響を受けて書いているので。

 確かに河野は以前のインタビューで、こう語っている。
河野:ライトノベルって元々ファンタジーだったと思うんですけれど、そこにいろいろ詳細な設定をつけ加えているうち、整合性を取るために、SF要素が入ってきたような気がするんです。で、ぼくがライトノベルを読みはじめたのがちょうどその時期だったので、そうした影響を受けたんじゃないか、と。

河野  でも実際は、書いた時点で既に、あの作風は「隅っこ」になっていたのだと思います。そして現在だと「サクラダ」はもっと、ライトノベルと一般文芸のボーダーに近い位置におかれる作品のように感じます。
――  なるほど。だから今、角川スニーカー文庫じゃなく角川文庫で新版を刊行なのですね?
河野  どうだろう、それだけじゃない理由もあると思うけれど(笑) でもわかりやすいところではそう考えることもできるなと。ライトノベルが独自に発展したぶん層がずれて、そこに一般の文芸が食い込んだ、という変化はたしかに起こっていると思います。
――  では「サクラダ」は、河野さんにとってどういう作品ですか?
河野  最初に本になった作品なので「やりたいことを一番ストレートにやっている作品」ですね。以降の作品は必ず「サクラダ」の影響を受けています。「サクラダで既にやったからできない」「サクラダで河野裕を知ってくださった読者の期待から外れてはいけない」といったように。特別な作品です。


■ 加筆修正について
――  角川文庫版を出すにあたって、原稿のはじめから終わりまで全文を打ち直した、とうかがいました。具体的に、どういう点に気をつけて修正しましたか?
河野  とにかく「わかりやすく」ですね。
 というのも「サクラダ」1巻を執筆していたころの私には「商品を書こう」という意識があまりなかったんです。自分の好きなものを書いて、私と感性の近い人だけが気に入ってくれたらいいと思っていたので。
 だからスニーカー文庫版では、たとえば「本来書かなきゃいけない描写をあえて書いていない」箇所がいくつもあります。あえて書いていないのが格好いい、気づいてくれる人にだけ伝わればいい、と当時は考えていたんですね。
 そんなスニーカー文庫版を良いと言ってくださる人もいて、それはもちろんありがたいのですが、一方で少数派だろうとも思ったので、もっと「多くの人」に伝わるように全体をわかりやすく書きなおそうと意識しました。
――  たしかに。最初から最後まで照らし合わせながら拝読したんですが、世界設定や事件の説明、キャラ描写などに行数が割かれていて、かといって読みにくくはなく、全体的に理解しやすくなっていると感じました。
河野  ありがとうございます。説明や描写の補てんについては、もともと「サクラダ」がとてもライトノベル的な「共通認識」に沿って書かれている作品だったから修正する必要があった、という面もあります。
 ライトノベルだと、たとえば「敵」とわかるキャラクターを作中に設置すれば、そのキャラクターに対しては主人公が無条件に敵対的でも許される傾向にあります。「敵」という記号として処理されるので。
 でも一般文芸だとそれが許されにくい。だから角川文庫で出し直すためにはキャラクターとキャラクターの関係性を、もっと詳細に書きこんでゆく作業が必要でした。

●文章表現について
――  ここからは加筆修正された「文体」について、もっと掘り下げていきたいと思います。「透明度の高い文章」が話題になった作家さんなので、せっかくなら作中から具体的な文章の例を出して、意図の解説を聞きたいですよね!
河野  需要あるのかな、それ(笑)
――  このサイトのインタビューを読んでくださっている方なら面白く思ってくださるんじゃないかなと。さっそく話をさせていただきますが、今回の修正では全体的に風景描写が、印象的なイメージを的確に喚起するよう修正されていると感じました。具体的には以下。

修正前 空は晴れている。
修正後 昨夜まで降っていた雨はもう上がり、今はすっきりと整理された青空が広がっている。

――  風景描写というよりも情景描写という言葉が近く感じられる、こういった修正の意図はどのようなものでしょう?
河野  文章レベルの修正については、いくつかの指針がありました。まず「どこにどれくらいの文章量が入ったら気持ちがいいか」というリズム感。この感性が7年前の私からは変化しているので、現在のベストに変える修正が全体にちらばっています。
 また、それとは別に「普通ならそこに使わない単語」をチョイスする、という表現方法にハマッていまして。
――  あ、それはわかります。「整理された青空」とかですよね? 本来、青空の表現に「整理された」は使わない。
河野  はい。だから、この「昨夜まで~」の一文に限って言うと、空の描写に「整理された」という表現を入れたいという意思があって、そのために文章全体のリズムのバランスも取ると結果的にこの形になった、という順序ですね。
――  ちなみに「普通ならそこに使わない単語」をチョイスするのにハマッているのはなぜですか?
河野  読者に対しての刺激フックです。
 通常、エンターテイメント小説におけるフックと呼ばれるものはプロットに乗っかっていると思っています。たとえば「このシーンで謎のキャラクターが出る」「このシーンであのキャラが死ぬ」「だから続きを読みたくなる」。
 ですが純文学になるとフックが文章表現にあるんですね。「ここの単語選びが面白い」「だからもっと読みたい」。今回の修正では、そういった目的の単語を文中に散らばらせることで、読者さんにページをめくってもらえる理由になればいいなぁと考えました。
――  なるほど。全体として文章表現が「柔らかくなった」という印象も受けるのですが、それはなぜでしょう? たとえば「背後」を「後ろ」に、「しかし」を「けれど」にするような、細かな変化がいっぱいです。
河野 「サクラダ」は各シーンが三人称視点ではあるものの一人称視点的に描かれる作品なので、基本的には「視点人物に合った単語」をひとつひとつチョイスします。
 そのうえで私の単語の好みが全体的に「柔らかい」方向に向いている部分はあると思います。
 スニーカー文庫版1巻を書いた当時は、漢字を使うことにそれほどの躊躇いはありませんでしたが、今は同じだけ読みやすいなら、ひらがなの方がいいと思っています。理由は感覚的なので、説明が難しいけれど。
――  なるほど。では、ちょっと別の角度から質問です。こんな台詞が作中にあります。

「結果がわからないうちは、無理に安心しているより素直に慌てている方が適切だと思います」

――  ここだけじゃなく「適切」「正しい」というものへの言及が「サクラダ」という世界の中では、ふしぶしで匂わされているように感じるのですが、これはテーマ性によるものでしょうか?
河野  多少あると思います。スニーカー文庫版の7巻までを書き終えた今では、1巻を書いていた当時よりも、私がサクラダリセットというシリーズを理解していて、確かにサクラダはそういったテーマと無関係ではないので。
 とはいえ、ここの描写だけについて言えば、テーマよりも単純にケイ(主人公)から野ノ尾(作中キャラクターのひとり)への優しさかな(笑)

●キャラクターの表現について
――  せっかくケイたちの話が出たので、キャラクターについても聞かせてください。
 主人公のケイについて読んでいくと、作品全体において、彼が「質問する」「説明を聞く」というシーンが減り、かわりに「質問される」「説明をする」シーンとなっているケースが明らかに多くなっています。
 また、ケイが他人の能力を分析・推理するシーンでも以前よりも賢くなっている印象です。他人からの説明を聞くのではなく、主導となって探っていたり。これは、どういう意図の変化なのでしょう?
河野  ケイというキャラクターが変わったというよりも、著者として「サクラダをよりエンタメ化」するために、プロットを以前よりもミステリに近づけたからですね。
 物語の分類でいうなら英雄譚だったものを探偵モノに変えた、というような。
 だからスニーカー文庫版のケイは「最終的に事件を解決する役」でしたが、角川文庫版では「作中の謎を読み解く役」という意識です。
 ミステリの構造にすることで、キャラクターへの共感などとは別に、単純な「事件解決のストーリーライン」だけを読み進める楽しみ方もできるので、より多くの方に満足いただけるんじゃないかと思い修正しました。
――  確かに、もともとサクラダは事件解決ものとしてミステリ的な推理を楽しめる部分があるので、無理なく修正されてる印象です。
 では次に、今作のキーパーソンでもある村瀬陽香というキャラについて。細かな点ではあるのですが、彼女の描かれ方が昔と変わっています。
 たとえば初めのほうのパート。ケイとの待ち合わせ場所である喫茶店にやってくるシーン。スニーカー文庫版では「9時57分。ほぼ約束の時間通り」なのに、「9時55分。きっちり約束の時間の5分前」に来ている。これは、どういう変化ですか?
河野  これについても、キャラクターが変わったのとは少し違います。村瀬というキャラクターは昔から変わらないけれど、そのキャラクターを「どういう風に出力すれば読者に伝わるか」という部分の意識が、私の中で変わっているからですね。
 村瀬は「時間に正確な人間」です。それを描く時に「ほぼ時間通り」と描写するのか、あるいは「きっちり5分前」と描写するのか。後者の方が的確に伝わるだろうと思いました。
――  なるほど! ……本当に細かな気配りがなされてますね。

 今作では他にも、スニーカー文庫版にはあった会話のラリーが、まるっと削られていたり、逆に、なかった会話のラリーがまるまる増えていたり、シーンの流れ自体は同じだけど視点人物が別になっていたり、といった変化も見受けられます。構成力と文章力で評価された河野裕だけあって、そこには相当なこだわりがあるのでしょう。
 スニーカー文庫版と角川文庫版、どちらにも違う良さがあるので、今回のように読み比べて意図を探るのも面白いですよ!(笑)
 ちなみに河野の作業としては現在、2巻の修正を終えて3巻の修正に入っているところ、とのことです(※インタビュー収録時)。1巻みたく「シーンごと直す」といった箇所はなかったようですが、2巻以降も「文章のクオリティをひたすら上げる」という意味では、やはり全体的に修正はしていると聞いています。ご期待ください!


■ サクラダの大規模展開
――  さて、では「サクラダ」に関してはいよいよ最後になります、大規模展開についてうかがっていきたいと思います。


――  唐突に大きな話題を連発されて、その本気っぷりにちょっと動揺しますが……(笑) 
 やっぱり気になるのは、一番大きく書かれている「実写映画化」。そして、その下に書かれている「アニメ化」でしょうか。すごいですね!
河野  どうやら、していただけるらしいです。ありがたいことです。
――  まるで他人事みたいに言ってますが……ちなみに河野さん、あなたは2010年の「サクラダ」2巻発売記念インタビューで、こう明言しています。覚えてらっしゃいますか?

河野:いつか映像化されるよう、頑張ります(笑)。

河野  え……そうでしたっけ?(汗)
――  そうなんです! いやー、まさか6年以上も前から予見していたとは、さすがですね!(笑)
河野  や、正直に明かすと、あの当時に映像化までは考えていなかったですね(苦笑)
 けれど言われてみれば、あのときは先輩作家さんふたりに「映像化を見てみたい」と言っていただいたので、それに応えようとはしたかも……?
――  なるほど(笑) まあ、なにはともあれ、本当におめでとうございます。これについても、できる範囲内で情報を公開していただければと思います。
   
●実写映画化&アニメ化について
――  では、まず映画について教えてください。
河野  まず「前篇」「後篇」の2部作です。これが「2017年春」のあいだに、スピーディに公開されます。
 既に脚本もしっかりと上がっていて、私はそちらを拝見しているのですが、個人的にはとても面白いと感じています。かなり「エンターテイメント」をしているので「映画の方が好き」という方も、相当数いるんじゃないかな。
――  おお~原作者にそこまで言われると見たくなりますね! 番宣ですか?
河野  素直な感想です(笑)
 具体的な内容についてはまだ触れられないので抽象的な話になってしまいますが、映画版は原作と違う武器を使っています。
 たとえば小説なら「心理描写を細かく書き込める」ことが武器だけれど、映画は映画で「ストーリーとしての骨格の面白味を見せること」に特化している。もちろん、まだ脚本なので完成形はわかりませんが、飽きさせない、観ている間は意識しないけれど終わってから振りかえると「情報量がすごい!」という「映画らしさ」に溢れたものになっていると思います。あと、展開的にも、原作読者の方は驚くと思う。
――  お話としては「サクラダ」シリーズにおいて、どのポジションなんでしょう? たとえば「3巻と4巻のあいだの話」だとか、あるいは「本シリーズとはまったく違うifの話」だとか。
河野  それは明言できませんが、ただ「サクラダ」シリーズのストーリーを踏み外してはいない物語とは言い切れます。
――  おお~期待しています! では続きまして、アニメ化についてですが……
河野  あ、申し訳ありません。これについては、まだ明かせる情報を持っていません。
――  え~!?
河野 (笑) けれど具体的に話が進んではいるので、そのうち、そう遠くない時期にお話できるかなと思います。もうしばらくお待ちいただければと思います。
――  わかりました。こちらも期待してお待ちしてます!
   
●“あなた一人のために河野裕が短編小説を書きます”
「サクラダリセット」キャンペーン
――  次に、このキャンペーンについて教えてください。一体どういうものなのでしょう?
河野  基本的には名前通りですね。角川文庫版の「サクラダ」1~7巻についてくる券でご応募いただければ、おひとりだけに、短編小説を送らせていただきます。
――  とても珍しい企画ですが、なぜこのような展開に?
河野  もともとは、担当編集さんから「今回の角川文庫版発売を機に、スニーカー時代から読んでくださっていた方のために、後日譚のような短編を書きませんか」という話を頂いたことがきっかけです。
 でも私個人としては「サクラダリセット」は、あの7巻で過不足なく完結している、という意識があったので「8巻めに見えてしまう、本という形にはしたくない」と、わがままを言いました。「ただ逆に、あの7巻とはまったく別の、外側にある作品という見せ方がしっかりできるならアリです」と。
 そこから「じゃあ、誰かひとりだけが読める短編を書きましょう」という企画に発展しました。
――  内容は、どんな感じのお話になるのでしょう?
河野  7巻の後日譚です。もともと「その後のストーリー」が決まってはいたので。
――  おお~! 読みたい。
河野  とはいえ著者としては先ほども言ったとおり「ここまで書いちゃったら、このシリーズとしてはやりすぎだ」という意識ではあります。だから、あくまで特別に、です(笑)


■ 河野裕のこれから
――  では最後に。作家・河野裕のこれからについて教えてください。
河野  しばらくは「サクラダ」が7か月連続で刊行されるので、それを直してゲラを読んで、を繰り返します。
 とはいえ並行して、電子の小説マガジン「小説屋sari-sari」では「密室の中のホールデン」という作品を連載させていただいていますし、10月には「階段島」シリーズの4巻も出るので、その作業もあります。
 また、それらの進行に手いっぱいで止まってしまっている作品も残念ながらあります。「つれづれ」シリーズの次巻の作業も、できるだけ早くやりたいと思っていますし、東京創元社さんで本を出します、と言ったきりになっている原稿もあります。こちらは初稿が上がっていて、あとは修正して入稿、というところなのですが……なんとか進めたいです。3D小説『bell』についても必ず完結させたいという意識はあります。
―― 「つれづれ」は次で最終巻でしたっけ?
河野  ですね。来年には完結させられると思います。また「階段島」も折り返しは過ぎています。なので、私の抱えているシリーズの多くが完結に向かって進んでいるタイミングです。
――  なるほど。今はやらなければいけないことがたくさんある河野さんですが、すべてが落ち着いたあとの展望はありますか?
河野  いま抱えている作業を終えると「次にやる新しいこと」を考えるタイミング、種をまくタイミングになるんじゃないのかなと思っています。
 ……まだ全然深くは考えていませんが、今は吸血鬼に興味があります。
――  吸血鬼! さらりと面白そうな企画を明かしてくれますね(笑)
 これからも楽しみにしています。本日はありがとうございました!